BENTLEY DNA -- 1960 BENTLEY S2 CONTINENTAL

BENTLEY DNA -- 1960 BENTLEY S2 CONTINENTAL

By SAWAMURAMAKOTO

齢50、今なおモダンなコンチネンタル

ベントレー伝説の1台として知られるRタイプ・コンチネンタルの血統を正統に引き継いだベントレーS2コンチネンタル。腕利きのコーチビルダー、H.J.マリナーによって形作られたスタイリッシュなクーペ・ボディは、現代のモデルのモチーフになるほどモダンなものである。存在の凄みで語られることの多いヒストリック・ベントレーだが、あまり光の当たらない走りの部分に関しても、実に興味深いものがある。今回はコンチネンタルの名に相応しい走りの実態に迫る。

text:Takuo YOSHIDA 吉田拓生
photo:Hidenobu TANAKA 田中秀宣
取材協力:ワクイ・ミュージアム

■生立ちはビスポーク
 意欲的なニューモデル、ミュルザンヌの発表と同時に我々はベントレー伝統のV8エンジンが延命したことを知らされた。つい先頃までは、ベントレーのアイコンともいえる6.75リッターのオールアルミ製V8エンジンもついに終わりか、と感傷に浸っていた私なので、今回の延命は良いニュースだった。ベントレーV8に対して、信頼性やパワー特性など特に何かを変えてほしいと感じたことは一度もなかった。この銘機は時が経って車重が増せば、望むがままにパワーを増やしてきた経緯がある。新しいクルマを生み出すという場面において、全てを刷新してしまうことが万事の正解ではないことをイギリス人は知っている。そして我々ベントレーを愛する者も皆、知らなくてはならないのである。今回、実際に議論に上がっていたのは排気ガスの規制をどうやってクリアするかという部分だったのかも知れないが、それこそ現代のテクノロジーが得意とするべきところではないだろうか。
 私は今、ベントレーS2コンチネンタルのステアリングを握っている。このクルマの特殊な成り立ちを現代の何かに置き換える良いアイディアが思いつかないのだが、つまり服飾でいうところのレディ・トゥ・ウェアとビスポークの違いと捉えていいだろう。同じくベントレーS2でも、スタンダードスティールと呼ばれるタイプはシャシーとボディともにクルー工場の職人によって生み出された極上の既製品である。一方、古のコンチネンタル・シリーズはコーチビルド物と呼ばれることが多い。これはクルー工場でラインオフされたタイヤとエンジン等が付いたローリングシャシーに、一流のボディ架装屋=コーチビルダーが製作したスペシャル・ボディが組み合わされているモデルのことを指している。かつて自動車が馬車に取って代わるかたちで台頭してきた当時は、内燃機関機構を生み出す機械屋と、馬車を作ってきたコーチビルダーがひとつの銘の元に作品を作り上げていた。これは'60年代にはすでに、ほんの一握りほどのメーカーしか行なわなくなってしまっているが、しかし超一流であることの名残なのである。
 自分の好みの自動車メーカーにクルマを注文すると、メーカーの担当者は「ローリングシャシーをどこのコーチビルダーに届けますか?」と言ってくる。今度はコーチビルダーに出向いてボディを注文する。オーナー・ドリブンなのかショーファーにステアリングを委ねるのか、どんなスタイリングが好みなのか、トランクの大きさは等々、そこから先はお好みのままである。とはいえ、コーチビルダーに出向くような粋な顧客は、ほとんどの場合、流行の最先端を行くモダンなボディを希望したようである。ベントレーS2コンチネンタルの場合も例外ではなく、H.J.マリナーの工房に持ち込まれ、同社のハウススタイルで仕上げられることが多かったのである。そう、粋な人物であればサヴィルロウのヘンリー・プールでスーツを、ジョージ・クレヴァリーで靴をビスポークし、その足でリージェント・ストリートからコンデュイット・ストリートまで抜けて、ベントレーを1台注文する、それが自らへのクリスマス・プレゼントである、という人物だってきっといたはずだ。
 コンチネンタル、ヨーロッパ大陸を意味するこの名詞はイギリス人にとって特別なものなのである。

 

■確かな血統とクオリティ
 今回借り出したベントレーS2コンチネンタルはH.J.マリナー製のボディを纏っている。同社はベントレー・コンチネンタルの中では最もポピュラーなコーチビルダーであり、ベントレー社内のオリジナル・デザインにも影響を与えているほどだから、そのデザインは非常に優れていることは疑いの余地がない。たとえば、今まさに脚光を浴びているブランニュー・ベントレーであるミュルザンヌのスタイリングは、公式のコメントでは古の8リッターに影響を受けたとされているが、しかしS2コンチネンタルはその8リッターとミュルザンヌのちょうど中間に位置しているとはいえないだろうか? 部分的なアイコンは8リッター・モデルの影響だとしても、全体的なシルエットまで含めて似ているのはS2コンチネンタルの方なのである。つまり、S2コンチネンタルは'60年代初頭のモデルでありながら、実にモダンであり、優に50年ほどの時間を飛び越しているのである。
 スタンダードスティールのベントレーと比べれば平坦に映るボディだが、それでも現代の自動車と比べれば、恐ろしく彫りが深いコンチネンタルのボディ。それは1枚のアルミ板から職人が叩きだしたまさに芸術品なのである。木製の型はあるが、それを型に沿わせるのは職人の腕、そしてハンマーやイングリッシュローラーといった現代の自動車造りでは用いられなくなってしまった道具たちである。S2コンチネンタルは今も昔も驚くほどのプライスタグを掲げているが、その半分ほどが職人の手間賃であり、その時間軸を感じられる人でなければ、このクルマの価値はわかるまい。
 濃緑のボディに対してインテリアはタンのコノリーレザーが張り込まれている。50年を経てなおオリジナルのレザーが張られている例は稀だが、今回のS2コンチネンタルも確かに上質なレザーが張り込まれていた。見分ける基準は色々とあるが、私は革の表面を見る。表面に無数に開いた小さな毛穴は、それが革の銀面であることを現しているからである。孔はレストアの際に安いレザーに張り替えても、ペイントしてもなくなってしまうものだからだ。
 たっぷりとした容量のあるシートに腰を降ろしてみると、ずいぶんとしっかりとしたヘッドクリアランスが確保されていることがわかる。それもそのはず、こんもりとしたスタンダードスティールとほっそりしたコンチネンタルボディとでは26ミリしか全高が違わないのである。しかもコンチネンタルの場合、職人がヘッドクリアランスを確保するために天井の内張りを立体的に張り込んでいるので、数値的にはほぼ同じだけの余裕がある。2ドアボディではあるが、しかしゆったりとしているのはフロントシートだけではない。山高帽を被って乗ることは難しいかも知れないが、リアシートに関してもベントレーの名に恥じないヘッドクリアランスや足元スペース、さらには1人にひとつ極太のシガーを置くことができる灰皿や、バーウォルナット仕上げのピクニック・テーブルも配されているのである。

■半世紀先のモダン
 分厚いダッシュパネルの中央に刺さったキーを捻り、ベントレーV8を目覚めさせる。5ケタしかないオドメーターはもしかしたらひと回りしているのかもしれないが、しかしそのアイドリングには少しも乱れた部分がない。700r.p.m.ほどで粛々とアイドリングを維持している。
 ステアリングコラム上のシフターを右手の人差し指と中指で軽く下ろし、S2コンチネンタルを走らせる。その第一印象は「軽快」という一言だった。ベントレーのスペシャリティ・モデルであり、車重はドライバーも含めれば2トンほどもあるのだが、しかしその走りはまるで油の上を滑っているかのごとく平滑であり、特に意識してスロットルを踏み込んでいるわけでもないのに、どんどんとスピードが増していく。おおよそ、軽快という以外に言葉が浮かばないのだ。
 これは私が抱いていたイメージとは違っている。イメージとは、重厚そのものであり、走りは静々とまるで小山が動くような、そんな感じ。イメージの原泉となっているのは、以前ドライブしたスタンダードスティールのベントレーS2である。同じS2シャシーとV8エンジンの組み合わせなので、若干車重が軽くなった程度であれば、走りの印象はほとんど同じなのではないだろうか、と思っていた。例えばボディの材質である鉄とアルミを比べれば、アルミの方がずいぶんと軽いことは誰にでも想像が付くことだが、アルミパネルをチョイスする場合には2つの理由がある。ひとつは軽くすること、そして加工がしやすいことである。ワンオフのレーシングカーなどは2つの理由をともに含むものだが、ベントレーの場合は後者の比重が圧倒的といえる。とある資料を信じるならば、スタンダードとコンチネンタルの車重の違いは僅か63kgに過ぎないのだから。
 伝説のRタイプ・コンチネンタルなどは車重が軽いだけでなく、エンジンにも専用のチューンが施されていたため、その速さが際立っていたものである。そしてS2コンチネンタルも、確かにその血統を受け継いでいるのだろう。とても軽快に走るのだ。スペックシートを並べてみると、車重の他に速さに繋がるような違いはただひとつ、スタンダードの3.08に対して2.92高められたファイナルレシオだけである。普通なら、よりスピード感を演出したいコンチネンタルのようなモデルであればファイナルを低めるものだが、ベントレーは逆に高め、トップスピード方向に振っているのである。4段のオートマはほとんど堪えることなく次々に上のギアへと繋いでいってしまう印象だが、トルキーなエンジンは低回転でも少しも怯むことなく、スピードを上げていく。パワートレインの絶妙なバランスが、S2コンチネンタルの独特のスポーティ感を演出しているのである。
 ベントレーがスポーティであるといって、箱根のワインディングのような純和風のフィールドではそれなりに鈍重に感じてしまうに違いない。ここでいうスポーティとは、イギリスのB級国道など、ほどよくうねった道をハイスピードでドライブする際のストレスのなさのこと。敬意をもってドライビングしさえすれば、S2コンチネンタルはとても従順であり、S字コーナーなどでもほとんど揺れ戻しを感じさせない。例によって着座位置はトラックのごとき高さなのだが、そのロールセンターまでトラック並にはなっていないのである。シャシーとボディとドライバーが一体になってコーナリングしていく感覚、これこそ1日に1000km以上の距離を走っても疲れることのないグランドツアラーの本懐なのだろう。
 そして驚くべきことに、コンチネンタル系のモデルには'50年代からすでに、まるで現代のコンチネンタルGTのような、機械的なショックアブソーバーの切替機構が付いており、今回のS2コンチネンタルでもハードとソフトの違いをしっかりと確認することができた。現代の路上においても少しも不満のない走行フィールを持った、どこまでもモダンなベントレーS2コンチネンタル。その半世紀以上も先を見越して作られたかのようなクルマ作りには、ただただ驚かされるばかりなのである。

1960 BENTLEY S2 CONTINENTAL COUPE by H.J.MULLINERとは
1950年代初頭に登場したベントレーの傑作車、Rタイプ・コンチネンタルの後継車がSタイプ・サルーンのシャシーをベースに作られたSタイプ・コンチネンタルである。1959年、Sタイプ・シャシーに新開発のV8エンジンを組み合わせたS2コンチネンタルは、伝統と革新がほどよくミックスされた銘車として、今なお高い人気を誇っている。ボディは様々なコーチビルダーによって架装されたが、H.J.マリナー製のものが最も高い人気を誇っていた。

ウォールナット・ベニアが左右のドアまで連続したイメージで設えられた豪華なインストゥルメント・パネル。高い座面で視界は広く、足元もルーミー、まさに高性能GTの資質を全て兼ね備えている。

たっぷりとしたサイズだが、それほど反発は強くなく、スポーティな走りにも耐えるフロントシート。シートバックは低めだが、ついつい背筋を伸ばして乗りたくなってしまう。

2ドアボディではあるが、しかしロールス&ベントレーの名に恥じることのない立派なリアシートが据えつけられている。もちろん各人にひとつのアシュトレーも備わっている。 スピードが乗ってきてもレヴカウンターの針はほとんどの場合2000r.p.m.以下を指していることが多い。しかしエンジンのレスポンスは鋭く、スロットルペダルから伝わってくるインフォメーションもはっきりとしている。

インパネに用いられているウォールナット・ベニアの厚さがよくわかる1カット。メーターが収まって部分の断面は茶色いペイントが塗られ、その上からニスを掛けられている。

奥行きがあり、高さもある広いトランクの見本のようなスペース。真ん中に置かれているバーは、右奥に備わっていた空気入れ。フロア下はいくつかに区切られ、スペアタイヤやジャッキが収まる。

コンデュイット・ストリートのベントレー・モーターズのシャシープレートがバルクヘッドに付けられている。誇り高きMade in ENGLANDの文字に注目されたし。

左右独立で開くボンネット。分厚いFRP製のエアクリーナーケースは、メカニックがキャブレターにアクセスする際には持ち上げた状態でワイヤーで固定することができる。

調子の良いベントレーのエンジンは、スターターモーターの回りが弱くても、掛るときの勢いは悪くない。6.2リッター時代のV8のボア・ストロークは完全なオーバースクエアなので、例え3000r.p.m.以下であっても、シャンッという意外なほど鋭いレスポンスを見せてくれる。

バルクヘッドは伝統的に薄く緑がかった白で塗られていることが多い。これはバルクヘッドがボディではなく、ロールス・ロイス&ベントレー社内で作るローリングシャシーに含まれるからである。

SPECIFICATIONS
1960 BENTLEY S2 CONTINENTAL COUPE by H.J.MULLINER
Dimensions
Length:5378mm
Width:1854mm
Height:1549mm
Wheelbase:3124mm
Track Width Front:1524mm
Track Width Rear:1524mm
Dry Weight:1918kg
Engine
6223cc V8 OHV
Horsepower:——
Torque:——
Bore:104.1mm
Stroke:91.4mm
Compression:8.0:1
Transmission
4-Speed Automatic
Ratios
1st:——
2nd:——
3rd:——
4th:1.00
Final Drive Ratio:2.92
Suspension
Front:Double Wishbone+Air spring
Rear:Multilink+Air springs
Brakes
Front:Drum(Servo-assisted)
Rear:Drum(Servo-assisted)

※「フライングB No.003」(2010年刊)に掲載された記事に加筆修正しました。 掲載された情報は、刊行当時のものです。